子どもが学校の図書館で最初に借りてきた本で、名作と謳われているにもかかわらず、児童文学という分類のため、触れることのない作品でした。
「読んで(読み聞かせて)!」という本人の求めに応じることから始まったその世界ですが。。。
親兄弟を失い、仲間との交流も断たれた天涯孤独な河童の子どもが、生まれ育った棲家で長い一人時間を過ごす冒頭。
児童文学の位置付けながら、まるで十二国記の最初に出てくる陽子の長い孤独な戦い(注1)を思わせる書き出しに、少々読み進めるのが辛くなりました。
それでも、自然描写の美しい、柔らかな文体に導かれ、子河童「八寸」の世界が少しずつ広がっていくのを、安堵と不安で見守ることになります。
八寸が河童の霊力で猫の姿になって出会う、もう一人の主人公、麻(あさ)ちゃんは、半年余り前にお母さんを亡くし、お父さんとゴールデンレトリバーのチェスタトンと一緒に暮らす小学5年生。
回想シーンで描かれるお母さんとの暮らしは、自然を愛で、それら自然から受け取れる感覚を、麻と一緒に言語化することで世界を広げていく、それはそれは感性豊かなものなのです。
そんな心豊かな暮らしが、お母さんを失ったことで均衡を欠いていたそんな時に、迷い猫として八寸が現れます。
八寸と麻とが、チェスタトンを交えて心通わせ、各々が心の成長を遂げ、ある意味切なくも爽快な結末に向かって物語は展開します。
小学5年生の娘と二人で、郊外の庭付き一軒家含めて家庭を切り盛りしていくのはかなりの難題ですが、そこは若さゆえの体力か、お父さんはその務めを懸命に果たしています。
最愛の妻を、予想外に早く病で失ってしまうお父さんの心の苦しみは、想像するに余りありますが、麻を主人公に据えつつも、祖父母の助力のない暮らし方が、その苦悩の結果の産物として描かれます。
自分で自分を幸せにする術を、お母さんは少しずつ、そうとは言わずに麻に伝えていました。
お母さんを失うことで、その術を意識して実践するその日が早く人生に訪れ、お父さんとの共同作業によって成し遂げていきます。この過程で、お父さんも心を建て直していっているのかもしれません。
人生において降りかかる災禍をどう受け入れ、対処するか。その先にある幸せを信じて、行動する者の魂の美しさを、子どもにも分かりやすい語り口で物語ってくれる名作でした。
他者からたっぷりの愛情を受けて育つことで、人は心豊かに育ちますが、自分が何かに心を懸けることによって、より心満たされ、豊かになることを麻は短い時間で示してくれます。
八寸やチェスタトンが戯れる場面が子どもは大のお気に入りで、何度も「読んで!」とせがみ、何度読んでもケラケラと大笑いします。
楽しい場面がよほど恋しかったのでしょうか。夏休み前(貸出期間がいつもより長い)に再度子どもが借りてきたのを再読してその世界観に酔いしれる中、2021年(令和3年)6月に、文庫版(大人向けとは違ってB6サイズです)が出版されていることが分かりました。
名作ゆえに、たくさんの方に読まれていたのですね。
大人にも手応え十分な作品です。通勤中に迂闊に読むと、涙腺が緩んでしまうことも覚悟いただいたうえ、ご一読をおすすめします。
文庫版「かはたれ」
https://www.fukuinkan.co.jp/detail_contents/?id=161
(注1)十二国記の最初に出てくる陽子
https://www.youtube.c
<おまけの話>
お話を読む助けとなる「周辺地図」。文庫化にあたっては、続編「たそかれ」の展開を前提に、単行本からの大事な書き加えがあります。
続編ではありながら主人公は別の存在にはなるものの、八寸や麻のその後が気になる読者には貴重な情報が得られる、こちらもまた意義深くすてきな一作です。
om/watch?v=Q2USTeGq5FU&list=RDCMUCNAGGce8RqW0RETBDeRF60Q